【試し読み】日本一有名な認知症専門医・長谷川和夫最期の１年。はじめて自らの体験としてわかったことは――。『父と娘ときどき母の認知症日記』より

分野から探す	障害者福祉高齢者福祉ケアマネジャー介護・認知症社会福祉発達障害保育・児童看護保健医療精神保健法令・制度研修テキスト食品栄養

「続きが読みたい！」の声にこたえて、続編を作りました！

認知症専門医の父・長谷川和夫の足跡を長女・まりの視点で綴り大好評だった『父と娘の認知症日記』の続編がこのたび出来上がりました！父と娘の最期の１年を、母とのやりとりも交えて伝える日記風エッセイ。誰もが無関係ではいられない「認知症」に家族としてどう向き合っていくか、夫婦愛と家族の絆の物語。

▼長谷川和夫先生の名言と豊富な写真が満載の心温まるエッセイ▼

はじめに　より

　父、長谷川和夫は１９７４年に長谷川式簡易知能評価スケール（長谷川式認知症スケール）を開発し、以来、認知症専門医として医療だけでなく、パーソン・センタード・ケアの普及、啓発、教育に尽力した。
　その父が、２０１７年10月に自らも認知症になったことを公表した。このことは当時大きな反響を呼び、多くのマスメディアに取り上げられた。
　父は精神科医を志した20歳の頃から「自分の身体を道具にして患者さんに向き合いたい」と話し、晩年は「最期まで人様の役に立ちたい」と強い意志を貫き通し、患者側の立場になって認知症の人の気持ちや希望を発信した。娘の私は、そんな父を支える応援団として傍にいたいと思った。
「メディアの皆さんのおかげで自分の思いが伝わる」と、感謝の気持ちをもっていきいきと活動する父。しかしある取材で、こんなたとえ話しをした。

　あるときね、ある人が街を歩いていたら、バッタリ知り合いの二人の医師に会ったんだよ。「やぁ久しぶり」と挨拶してね。
　しばらく話した後に、その人が「実は僕ね、認知症になったんですよ」と言ったんだ。
　すると一人の医師が「あぁ、申しわけない。この後、用事があるのでこれで失礼するよ」と言って去っていったんだ。ほどなくしてもう一人の医師も「失礼、僕も用事を思い出した」と言って行ってしまった。
　それで、その人は一人になったんだ……。

父はこの話を「ある人」のエピソードとして話していたが、後から思うと、自分の体験を話したのではないかと思う。「一人になった」と言ったときの父の横顔とその後の沈黙の何秒かを忘れることができない。
　認知症になって、はじめて自らの体験としてわかったこと――。それを後に「壁を感じるよ」という言葉で私に伝えてくれた。認知症になった人が一番つらく戸惑うことは、自分は何も変わっていないのに、その人の尊厳が傷つけられることではないだろうか。
　暮らしのなかで、できないことが出てきても、サポートする方法が今はたくさんある。しかし、今まで大切にしてきた人様との絆が、認知症になったことで相手からプツっと切られてしまう。それは父にとっても、懸命に生きてきた生涯で、はじめての孤独だったのかもしれない。

　２０２１年に発行した前著の『父と娘の認知症日記』は、父の専門医としての歩みに加え、認知症を公表し老人ホームに入居するまでの１９６０年から２０２０年11月までの日々を、父の直筆の日記を元に書かせていただいた。大変ありがたいことに、続きを読みたいという声が多く届き、続編を書かせていただけることになった。
　本書では２０２０年12月以降の父とのエピソードに加え、母との日々にも触れた。そして、父とのかかわりのなかで私が考えた、認知症の人と絆を育むヒントもお伝えできればと思う。
　晩年、父は「自分で考えることが大事だよ」とやさしいまなざしでアドバイスをくれた。父が残した言葉や表情から、私が今も考え続けていることを記していきたい。