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がんになった人のそばで、わたしたちにできること
「幸せな生」を支えるための10の講義
西 智弘(にし・ともひろ)=著
四六判/242頁/定価 本体1,800円(税別)
2023年12月発行
気鋭の緩和ケア内科医が支援者・家族に贈る、全10篇の講義録
がんを患い死に向かう人に、支援者はどうかかわるのか──。
「どうして自分が」「もう死なせてほしい」などの、答えのない苦しみをどのように受け止めればよいのか。
「やっぱり自宅で過ごしたい」「非標準治療を試したい」などの、揺れ動く意思や希望にどのように向き合えばよいのか。
本書では、がんになった人の「幸せな生」を支える実践的なヒントを、講義形式で語りかけるようにやさしくお伝えします。
<主要目次>
はじめに
講義01 がんになるとはどういうことか
講義02 がんによる「痛み」とはどのようなものか
講義03 なぜ「社会的な役割をもちつづけてもらう支援」が重要なのか
講義04 人生会議の本質を考える
講義05 がんによる生活への影響を把握する
講義06 「もう死なせてほしい」と言われたときにどう答えるか
講義07 死の直前の状態を知る
講義08 看取りに必要な心構えとはどのようなものか
講義09 がんで死ぬのは幸せなのか
講義10 1000年生きられる時代なら
あとがき
講義01 がんになるとはどういうことか
講義02 がんによる「痛み」とはどのようなものか
講義03 なぜ「社会的な役割をもちつづけてもらう支援」が重要なのか
講義04 人生会議の本質を考える
講義05 がんによる生活への影響を把握する
講義06 「もう死なせてほしい」と言われたときにどう答えるか
講義07 死の直前の状態を知る
講義08 看取りに必要な心構えとはどのようなものか
講義09 がんで死ぬのは幸せなのか
講義10 1000年生きられる時代なら
あとがき
はじめに
書評
がん治療×緩和ケア×社会で生きる人間──3つの世界が交錯する1冊
──森田達也(聖隷三方原病院 緩和支持治療科)
本書は、医療福祉従事者を対象として、がん患者とかかわるうえでこころにとめておきたい知識なり心構えなり考え方をまとめたものである。著者は、がん治療(腫瘍内科)と緩和ケアの両方を専門としている医師であり、そして、医療の枠組みを超えた暮らしの保健室や社会的処方の先駆者である点が本書の強みとなっている。それゆえ、1冊のなかに、「がん治療」×「緩和ケア」×「社会で生きる人間」の3つの世界が交錯しながら登場する。
「がん治療」に関しては、がんの発生から現代で行われる治療、代替治療までが平易に記載されている。普段がん診療に接する機会の少ない医療者や、がんにいまひとつ具体的なイメージを持ちにくい福祉系スタッフにとっても理解しやすい内容となっている。
「緩和ケア」についても、がんの痛みに対するオピオイド(医療用麻薬)の考え方や、ホスピス哲学が重視してきたトータルペインの考えが示されている。評者が目をとめたのは、「原因がはっきりしない強い痛み」である。本書では、あれこれ検査をして原因らしいものが見つからないと痛みそのものがないと判断されやすい医療パラダイムに対する批判が論じられる。評者が鮮明に覚えているのは、胸部の一部にとても強い痛みを体験している患者さんのことだ。どのような検査をしてもそこにはがん病変はおろか、痛みを生じる原因さえ見つけられなかった。原因は見つからなかったものの、痛みに対しては緩和ケアの王道のオピオイドは有効であった。その患者さんは、「自分が亡くなったら、この痛みの原因は何なのか解剖して調べてほしい」と希望された。果たして解剖してみると、彼が痛みを訴えていたまさにその場所に、神経を浸潤する腫瘍がうっす~~く、しかし、べったりと広範囲に広がっていたのであった(当時の画像診断の技術では1ミリ以下の薄い腫瘍を見つけることはできなかった)。緩和ケアを行ううえで最も大事なことのひとつに、「患者の伝えている痛みは、本当にある」(原因が何であっても)というものがある。本書でも原因にかかわらず痛みに向かい合う覚悟が示されていることはうれしい。
「社会で生きる人間」に関する記述は本書の山場のひとつである。著者は、ひとの死のありようとして、肉体的な死、精神的な死、社会的な死を紹介し、「がんになったからといって社会活動ができなくなるのではなく、社会活動を行う時間をなるべく長くすることの重要性を説く。これは、昨今、がんに限らず認識のあがりつつある「就労支援」といわれる活動につながる。がんになったからといって、仕事をやめたり社会での活動をやめて「病人として療養」しないといけないのではない。「高血圧になりました。明日から休職します」というひとがいないように、がんになっても仕事も社会活動も続けることは当然のことである。著者の長く行っている「暮らしの保健室」の活動から、がんになっても(がんに限らないが)孤独ではないと感じられる社会、何かを失ったとしてもそれまでに近く暮らせる社会の実現にむけた熱意があふれている。
さいごに、著者は特に名前を付けて呼んでいないが、本書を通して繰り返し出てくるテーマに「理解しようとする」ことがある。「家族と過ごしたいから家に帰りたい」と言っていた患者が、「家族に迷惑かけるから施設にうつりたい」と言った。患者が「もう死んでしまいたい」と言った。患者に「あとどれくらい生きられるんですか」と聞かれた。──場面によって表現は違うが、「どうしてそういう気持ちになったのか」をまず僕たち(ケアする人)がちゃんとわかろうとすることが前提だと、著者は繰り返している。当事者の気持ちを「わかる」ことはできない。しかし、「どうしてそういう気持ちになったんだろう」となんとか理解しようとすること、逆に言えば、簡単にわかったような気になってかっこのいい(おさまりのいい)返事をすぐにかえそうとしないでそこにとどまり続けること──これこそが重要である。緩和ケアでは柏木哲夫が理解的態度と呼んだものに近いかもしれない(評者は「へえ⤴なんで⤴」の精神と呼んでいる)。
著者の道案内で3つの世界をいきつもどりつしているうちに、どの世界でも大事なことがあるなあと自然に気づかせてくれるそんな1冊である。
「がん治療」に関しては、がんの発生から現代で行われる治療、代替治療までが平易に記載されている。普段がん診療に接する機会の少ない医療者や、がんにいまひとつ具体的なイメージを持ちにくい福祉系スタッフにとっても理解しやすい内容となっている。
「緩和ケア」についても、がんの痛みに対するオピオイド(医療用麻薬)の考え方や、ホスピス哲学が重視してきたトータルペインの考えが示されている。評者が目をとめたのは、「原因がはっきりしない強い痛み」である。本書では、あれこれ検査をして原因らしいものが見つからないと痛みそのものがないと判断されやすい医療パラダイムに対する批判が論じられる。評者が鮮明に覚えているのは、胸部の一部にとても強い痛みを体験している患者さんのことだ。どのような検査をしてもそこにはがん病変はおろか、痛みを生じる原因さえ見つけられなかった。原因は見つからなかったものの、痛みに対しては緩和ケアの王道のオピオイドは有効であった。その患者さんは、「自分が亡くなったら、この痛みの原因は何なのか解剖して調べてほしい」と希望された。果たして解剖してみると、彼が痛みを訴えていたまさにその場所に、神経を浸潤する腫瘍がうっす~~く、しかし、べったりと広範囲に広がっていたのであった(当時の画像診断の技術では1ミリ以下の薄い腫瘍を見つけることはできなかった)。緩和ケアを行ううえで最も大事なことのひとつに、「患者の伝えている痛みは、本当にある」(原因が何であっても)というものがある。本書でも原因にかかわらず痛みに向かい合う覚悟が示されていることはうれしい。
「社会で生きる人間」に関する記述は本書の山場のひとつである。著者は、ひとの死のありようとして、肉体的な死、精神的な死、社会的な死を紹介し、「がんになったからといって社会活動ができなくなるのではなく、社会活動を行う時間をなるべく長くすることの重要性を説く。これは、昨今、がんに限らず認識のあがりつつある「就労支援」といわれる活動につながる。がんになったからといって、仕事をやめたり社会での活動をやめて「病人として療養」しないといけないのではない。「高血圧になりました。明日から休職します」というひとがいないように、がんになっても仕事も社会活動も続けることは当然のことである。著者の長く行っている「暮らしの保健室」の活動から、がんになっても(がんに限らないが)孤独ではないと感じられる社会、何かを失ったとしてもそれまでに近く暮らせる社会の実現にむけた熱意があふれている。
さいごに、著者は特に名前を付けて呼んでいないが、本書を通して繰り返し出てくるテーマに「理解しようとする」ことがある。「家族と過ごしたいから家に帰りたい」と言っていた患者が、「家族に迷惑かけるから施設にうつりたい」と言った。患者が「もう死んでしまいたい」と言った。患者に「あとどれくらい生きられるんですか」と聞かれた。──場面によって表現は違うが、「どうしてそういう気持ちになったのか」をまず僕たち(ケアする人)がちゃんとわかろうとすることが前提だと、著者は繰り返している。当事者の気持ちを「わかる」ことはできない。しかし、「どうしてそういう気持ちになったんだろう」となんとか理解しようとすること、逆に言えば、簡単にわかったような気になってかっこのいい(おさまりのいい)返事をすぐにかえそうとしないでそこにとどまり続けること──これこそが重要である。緩和ケアでは柏木哲夫が理解的態度と呼んだものに近いかもしれない(評者は「へえ⤴なんで⤴」の精神と呼んでいる)。
著者の道案内で3つの世界をいきつもどりつしているうちに、どの世界でも大事なことがあるなあと自然に気づかせてくれるそんな1冊である。
「どう生きたいか」「どう死んでいきたいか」をよく聞くことの大切さ
──鎌田實(諏訪中央病院名誉院長)
本書で学べるのは、がんになった人たちの「幸せな生」を、最期の時まで支えつづけるための知識や技術、態度の数々。傍らでどう接すればよいのかと戸惑うことも多いご家族や医療福祉職まで、みんなに知っておいてほしいと思う情報がぎっしり詰まったガイドブックだ。
がんという病気そのものは変わらなくても、患者さんに居場所があって、それぞれの「どう生きたいか」「どう死んでいきたいか」をよく聞き、寄り添ってくれる人がいれば「がんは怖くない」と言えるようになる。
「もう死なせてほしい」と言われた家族は、どう答えたらよいのか。ここには具体的な対応の仕方がわかり易く書かれている。いくつもの大切なことを、街のなかに「暮らしの保健室」を開いて、実践で証明してきた若き緩和ケア専門医をぼくは訪ねたことがある。これは本物だと思った。役に立ついい本ができた!
がんという病気そのものは変わらなくても、患者さんに居場所があって、それぞれの「どう生きたいか」「どう死んでいきたいか」をよく聞き、寄り添ってくれる人がいれば「がんは怖くない」と言えるようになる。
「もう死なせてほしい」と言われた家族は、どう答えたらよいのか。ここには具体的な対応の仕方がわかり易く書かれている。いくつもの大切なことを、街のなかに「暮らしの保健室」を開いて、実践で証明してきた若き緩和ケア専門医をぼくは訪ねたことがある。これは本物だと思った。役に立ついい本ができた!
ケアする人に希望を与える本
──秋山正子(認定NPO法人マギーズ東京 センター長)
腫瘍内科医として他科から回ってきた進行がんの方々と、日々丁寧なコミュニケーションをとりながら豊かな経験を積み重ねている西先生のわかりやすい講義が、スーッと耳に聞こえてくるようです。
そのなかでも、先生ご自身が日々悩みながら、これまで緩和ケアでは常識とされた考え方を覆していくプロセスも垣間見られ、読み手にとって、自分に引き寄せて同じように悩んだり共感したりできる内容もちりばめられます。
さいごのさいごまで、いきいきと生きるために支援できることがあるということは、家族も含めたケアに当たる者にとって希望! やさしい表現のなかに垣間見られる鋭い筆法が魅力です。
そのなかでも、先生ご自身が日々悩みながら、これまで緩和ケアでは常識とされた考え方を覆していくプロセスも垣間見られ、読み手にとって、自分に引き寄せて同じように悩んだり共感したりできる内容もちりばめられます。
さいごのさいごまで、いきいきと生きるために支援できることがあるということは、家族も含めたケアに当たる者にとって希望! やさしい表現のなかに垣間見られる鋭い筆法が魅力です。
撮影:幡野広志
西 智弘(にし・ともひろ)
一般社団法人プラスケア代表理事
川崎市立井田病院 腫瘍内科部長
2005年北海道大学卒。川崎市立井田病院にて、抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にもかかわる。 2017年には一般社団法人プラスケアを立ち上げ、代表理事として、「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」の運営を中心に、地域での活動に取り組んでいる。 著書に、『がんを抱えて、自分らしく生きたい──がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉』(単著、PHP研究所)、『社会的処方──孤立という病を地域のつながりで治す方法』(編著、学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい──安楽死と緩和ケアを巡る、私たちの物語』(単著、晶文社)など多数。 X(Twitter):@tonishi0610
一般社団法人プラスケア代表理事
川崎市立井田病院 腫瘍内科部長
2005年北海道大学卒。川崎市立井田病院にて、抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にもかかわる。 2017年には一般社団法人プラスケアを立ち上げ、代表理事として、「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」の運営を中心に、地域での活動に取り組んでいる。 著書に、『がんを抱えて、自分らしく生きたい──がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉』(単著、PHP研究所)、『社会的処方──孤立という病を地域のつながりで治す方法』(編著、学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい──安楽死と緩和ケアを巡る、私たちの物語』(単著、晶文社)など多数。 X(Twitter):@tonishi0610