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【試し読み】動物たちの食の知恵と生存戦略――ゴリラは草食なのに“グルメ”??――小菅正夫著『聴診器からきこえる 動物と老いとケアのはなし』より

【試し読み】動物たちの食の知恵と生存戦略――ゴリラは草食なのに“グルメ”??――小菅正夫著『聴診器からきこえる 動物と老いとケアのはなし』より

生きるために食べる

 野生動物が命をつなぐために追求することは、自分の肉体と精神を、いかに健全な状態に保つかということです。命を継ぐという使命を完璧に成し遂げるためにはそれが最も大事だからです。

 まず、しっかり食べます。その食べ物も季節によってバリエーションを考えながら食べる。動物は、今いる場所で食べられる最善の状態のものを食べます。たとえそこに自分が求めているものが無かったとしても、今後、必ずしも食べ物にありつけるかどうかわからないので、ともかく今食べられるものを体に取り込むのです。動物たちはそこに不満はありません。肝心なのは栄養を取り入れるということなのですから。

 人間のように、これは美味しいかとか、どこの食材を使ったものかとか、ミシュランの星はついているのかとか、そんなことは生きることに何の関係もないのです。自分たちが今いるところでしか食べ物が手に入らないので、最善の状態のものが手に入らなければ、次の段階のものを食べる、ただそれだけのことです。腐ったものも食べます。屍肉喰いの動物もたくさんいます。

 ただ、動物の種によって、食べ物に関する行動が違うのがおもしろいところです。例えばチンパンジー。私はチンパンジーに興味があって、いろいろと調べるのですが、特にゴリラと比べると特徴がよくわかります。ヒトとゴリラ、チンパンジーといった類人猿の共通祖先は、約1000万年前に枝分かれしたといわれ、700万年前に、チンパンジーとヒトの系統が分かれて、初めて人類が現れたとされます。

 チンパンジーはゴリラより後発組に属しますが、とにかく生きる力がすごい。特筆すべきは運動能力です。ゴリラは体が大きいので、木登りは苦手です。子供やメスは登れるけど、オスには難しい。そうすると、食べるものも自分の身の回りにあるものを食べるだけになってしまいます。それに比べてチンパンジーは、高いところにも登れるので、いちばん良い食べ物を手に入れます。

 私がアフリカへ行ったときにいちばん感じたのは、チンパンジーが棲んでいる場所の自然が豊かなこと。木の実がたくさんあって、イチジクだけでもいろんな種類がある。しかも彼らは、赤く色づいたものをしっかり選んで食べていました。多くの哺乳類の色覚は2色型で、緑と赤の区別はできませんが、チンパンジーには赤色がちゃんと認識できるのです。原始的哺乳類からサルに進化したとき、緑と赤が区別できる3色型色覚を獲得したからです。
Copyright 赤池佳江子
 チンパンジーが食べ残したイチジクを私も試食しました。見た目は赤くなって美味しいだろうと思ったのですが、ハズレ。かすかに甘さを感じるだけで、どこが美味しいんだろうというぐらいの代物でした。でも、人間は普段甘いものを食べているからそう感じただけで、チンパンジーが普段口にしているものと比べたら、ずっと甘いのでしょう。

 果物は果汁だけを飲みます。口に詰められるだけ詰めて、力いっぱい口を閉じて絞り、カスは吐き出すんです。全部呑み込むとお腹がいっぱいになってしまうからでしょう。ゴリラに比べたらかなり贅沢な食生活を送っているのです。

 それ以外にもショウガみたいなものも食べていました。いったい何を食べているんだろうと気になって、チンパンジーがいなくなってからそれも食べてみました。ばい菌があるといけないと思って、よく拭いてから食べてみると、それは間違いなくショウガの味でした。

 また、小さな草の実もときどき食べています。それも食べてみると、実がミントみたいにスッとした味がするんです。ちゃんと味覚を使って「食事」を楽しんでいるんだなと思いました。

 それに比べてゴリラがいるところは草や蔓しかないのです。だからといってゴリラがかわいそうというわけではありません。植物の種類によっては皮だけを剥いで食べて、芯を捨てる場合がある。別の植物では逆に皮を剥いで捨てて、芯をガシガシガシガシと何度も噛みしめている。つまり、ゴリラはどこが美味しい部分なのかをわかっているのでしょう。ゴリラは草食動物のように、食べた植物を全て発酵させて消化吸収しなくてはいけないので、体が大きいのです。

 同じゴリラでも動物園で飼育しているゴリラは、果物が大好きなんです。しかし、野生下では果物がたくさんあるところにはチンパンジーがいる。ゴリラは、チンパンジーと争ってまで果物を食べようとは思っていないのかもしれません。

 チンパンジーは闘争的なんです。地球に出てきた動物としては、チンパンジーよりもゴリラの方が先輩なのですが、チンパンジーは容赦しない。一方のゴリラはケンカが嫌いだから、とにかく穏やかに、平和に生きていこうというタイプ。だから、ゴリラはチンパンジーに居場所を追われたのではないか。チンパンジーが行かないようなところでしか生きていけなかったのではないかとさえ思うのです。

 ただ、ウシやウマのように草があれば何でもいいかというとそうではありません。いわば餌ではなくて、ゴリラはいろいろと味わう「食事」をしている様子が感じられました。その辺りは我々人類と似ているのかなと思います。つまり食事を楽しむという感覚があるのです。

 ちなみにサルは、好きなものから先に食べ、終わったら次のものというように、好きな順番に食べてしまいます。私は動物園時代、ゴリラが与えられたものをどうやって食べるかを調べてみました。ニンジン、サツマイモ、リンゴ、オレンジを檻のすき間から順番に与えました。すると、私の持っているものを全て受け取り床に並べて、その日は、サツマイモを一口、次にリンゴを1個、ニンジンを半分、オレンジを半分、残りのニンジンをちょっと、サツマイモを……と、味を楽しむ食べ方をするのです。これは「食事」をしていると考えるべきです。チンパンジー、オランウータンも食事を楽しみます。サルとは違いますよね。
聴診器からきこえる 動物と老いとケアのはなし
聴診器からきこえる 動物と老いとケアのはなし
商品説明
動物園で様々な動物の飼育、治療、手術を行った獣医師が、多くの動物たちとの“対話”を通じて、野生動物の生きる意味や群れの中での生きがい、老いていく動物のQOL、動物園における動物福祉のあり方、そして超高齢化する人間社会や動物同士のケアにまで思いを馳せた一冊。
書籍情報
著 者:
小菅正夫=著
発行月:
2025年05月
ISBN:
978-4-8243-0251-9
1,870円税込